エントリー

桜咲かせまショー JEAN- MARCジャッジ

  • 2014/03/20 05:45

3年前、東日本大震災のあった年の6月のショーに、このマルクジャッジをご招待していました。 でも、海外では、福島原発の被害が大きく報道されていたために、来日は見送られ、やっと3年を経てこの「桜咲かせまショー」にお迎えできました。 フランスのトゥルーズではTICAとドメスティックなショーとのジョイントショーを開催、盛大に精力的に活動を行っているほか、ジャッジとしても世界的に活動されている、とても素晴らしいジャッジさんです。  ハンドリングがとても優しく美しく、猫たちをとてもチャーミングに見せて下さることでしょう。 エントリー締め切りが迫っておりますので、多くの方々のエントリーをお待ち申し上げております

 

ショーナンキャットクラブ36-37キャットショー

  • 2014/03/16 05:06

3月15日、東日本橋産業会館でショーナンキャットクラブさんの36-37回目のキャットショーが開催されました。  私は総武線の浅草橋から両国橋を左に折れて、隅田川沿いにゆっくり歩いて会場に向かいます。川に面した船宿の猫たちを見るのも楽しみの一つです。 今日はブラウンマッカレルタビーのトラちゃんが私を迎えてくれました。

牡蛎の佃煮が有名な小松屋さんの店先に置かれたプランターのパンジーが春を告げています。

 

 静かな昼下がり、船もお昼寝?

 

「我が宿の梅の立枝やみえつらむ  思ひのほかに君が来ませる」

「なほたのめ 梅の立枝はちぎりおかぬ 思ひのほかの人も訪ふなり」

 

 新しく伸びた枝につく花に誘われて、約束していないはずの人も訪れると言われる梅の立枝に着いた花、確かに私も足を止めてシャッターを切ってしまいました。 他にも2組ほどカップルが撮影していました。

ショー会場で。私の審査リングに置かれたアレンジメントのお花、一つ一つ手作り!                        お洒落できれい!!!

HHPのORCAさん。 左の頬っぺのロングヘアがご愛敬!  ここだけにどうして? でも、このような不思議を楽しめるのもHHPさんの楽しさですね!

  

Never forget 3.11 (5)

  • 2014/03/15 02:11

クレド会報47号から「東日本大震災」を連続で取り上げておりますが、最後に穂高忍様からのご寄稿をご紹介いたします。 穂高様は80歳、アビシニアンの女の子との二人暮らし。ショーとは関わりなく、ただただ猫が好きという愛猫家の一人として会報の原稿ご協力、ショーごとの御寄付など長年に渡り親しくお付き合いさせていただいてまいりました。クラブって、このような方々の温かいご支援なくしては成り立たないものなのですね。震災の後、皆様に呼びかけて下さって、たくさんの御寄付を集めていただき感謝のきもちでいっぱいです。  では、クレド会報震災特集にお寄せいただいた、最後のご寄稿です。  

 

             改めて知る命の尊さ
                                                 穂高 忍

 一年前の三月十一日、今も信じられない未曾有の大地震、一瞬にして家も車も船も人も生き物達も、町丸ごと飲み込んでいった津波の強烈な映像が、今テレビから流れています。インド洋の大津波は想像もつかない世界でしたが、ここからインド洋沿岸の被害をあらためて知ることを得ました。
 東日本の大津波は、広範囲の出来ごとでしたが、現実は人や暮らしぶりも一部分しか見えません、ただ瓦礫の山から推察するばかりです。そして、福島原発事故、発電所そのものの映像があっても目に見えない放射性物質は映像からは見えません。汚染の拡がりが不安と共により重く、より暗く心に押し込まれ沈んでいきます。
 災害時に犠牲になるのは、生き物達です。特に家族同様に暮らしていたペット達は、避難所では拒まれ行き先に窮するのです。
 木片によじ登り、漂いながら、また、廃屋で庭木に繋がれたまま、また、鎖を放たれたままのこの子達は虚ろな目で飼い主の助けを一途に待つばかりでしょう。
 追い回されて捕獲され、保護された子達が狭いところで力なく鳴く姿をテレビ映像で映されるとき、私は思わず、申し訳ないけれど辛く哀しくてスイッチに指を伸ばして消してしまいます。
 福島原発の事故が報じられ、今まで安全を信じて暮らしてきた人達は思いもかけない事態に遭遇したのです。
 警戒区域、避難区域の人達はやむなく住みなれた我が家を離れることになり、被曝の影響で限られた物だけを持ち、着のみ着のまま 逃れることになったのです。
 昨年の六月、柏市のN社宅で、被災者の方の受け入れをしました。その時、市から救済物品の提供を募っていましたので、私も同県人として微力ですが協力することにしました。提供品の掲示を見て、何軒かの方が来られました。最後八月に、二人の姉妹の方が尋ねて来られました。体格の良い妹さんは、幼い頃に聴力を失ったそうで、言葉は発せられますが会話にはなりにくい様でした。そんな事で外出することを拒むのですが、今日は連れてきましたとの事。早速リビングに招き入れ、私はお姉さんと郷里の話や必需品をお聞きしていました。その折、私の家の猫が和室から姿を現し、誰が来たのとばかり、ふくよかな身体の彼女に体をすり寄せていきました。今まで無言で不安顔だった虚ろな目が一瞬輝き「あゝ、あゝ、猫ちゃん」「可愛いい~ね」と連発して、幼児の様に生き生きと元気になったのです。そして「私、あちらの家から、この猫連れてきたの。」と胸ポケットから写真を出して、その猫の事を話し続けました。
 その穏やかな顔に、彼女と猫ちゃんの相互の強い繋がりを知り、何ものにも代えがたいものだったのだろうと思い、その空気に私もホッとしました。
 小型の車にあれこれと一杯詰んで、姉様は「このご恩は一生忘れません。有り難うございました。」とにこにこ顔で車を進めて帰っていかれました。聴力を失った彼女の大切な宝物の猫ちゃんを災害地から連れ出す事ができた話に、私の押しつけられる様な胸のつかえが少し下がった思いに、顔が自然とゆるみました。
 三月十一日のNHKスペシャル生中継“被災地の夜”が9時pmから放映されました。警戒区域は、西部映画のゴーストタウンの様な状態で、町も田畑もそのまま、唯々恐怖で息が止まりそうでした。そこへ農家から放された二、三頭の痩せ細り背骨が立ったような牛が餌を探す姿がありました。関係者の方が空しい声で「あれ達も近々薬殺されるのです。」と肩を落として語られたのを聞き、命ある多くの生き物達の声なき声を思い、耐え難い気持になりました。
 被害を受け、犠牲になった多くの生き物達に合掌し祈るだけです。
里親になられたという話も聞きましたが、彼女の猫ちゃんの様に救われた例は少ないのでしょう。
 改めて、命の尊さを強く感じながら、ここでペンを置きます。      

Never forget 3.11   (4)

  • 2014/03/14 06:21

          【東北大震災後、被災地で動物救護活動に参加し続けた
                        “いち獣医師”のレポート】
 
動物救護活動を経験して                 
                           宮城県  末永 朗 

 地球上で生きている者が、地球の自然な営みの中で生活させてもらっていることを、ともすれば忘れてしまう人間社会です。自然はそんな人間社会とは無関係に、人間の想像など遙かに越える現象を創り出してしまいます。2011年3月11日 午後2時46分 東北地方を襲った大地震と大津波は、地球の残酷なまでの自然な息づきを、まざまざと私たちに見せつけました。
 大津波で、沿岸部の静かで穏やかな風景は一変し、街は壊滅し、人も動物も尊い命の犠牲を払わされました。その光景は言葉にならぬものです。
 しかし、生き残った、生かされた生命を繋ぐことに人はまた、立ち上がります。被災後に出会った現地の人々の顔と言葉、動物たちの姿が、私たちを突き動かすことになります。被災地の動物救護活動に参加し続けた「いち獣医師」の体験と経験から少し綴らせていただきます。
 すべてのライフラインが完全遮断した1週間は、それはそれは静かで、夜の暗さは恐ろしい程でした。ラジオからの情報のみで、みんな生きるのに必死の状態で、大パニックこそ無かったものの、生活物資を求める小パニックは必然でした。沿岸部の被害の状況が把握できはじめた10日目ごろから、石巻地区の被災した獣医師仲間の応援と支援に通いはじめました。400以上散在する避難所に、着の身着のまま、動物同伴で避難した人々を支援する活動は、物資、食料、薬品の供給運搬と聞き取り作業から始まり、情報の一元化とシェルター設置が急務と判断されました。全国の動物愛護団体と称する人々がボランティア活動を展開していく中で、動物たちを保護し、一時預かりという形で東京や大阪に運んでいく現実は、マッチング(飼い主との再会)を妨げ、被災者の心をも踏みにじるものでした。また、道路遮断の影響や情報共有の無さから、物資のみならずボランティアの偏りも目立ち、避難所の被災者が一様に支援を受けられる態勢が整わず、更に、避難所の縮小傾向が日にちの経過とともに進み、はじめは学校の教室(一次避難所)が主な避難先だったのが、体育館や集会所など(二次避難所)に統合され、同時に動物の同伴同行も許されぬ状況となっていきました。理不尽と思われることだらけのこの状況が大災害被災をしたということなのだと思います。
 全国からのボランティアの参加に助けられながら、シェルターらしいものを形成できたのは4月の半ばでした。場所の設定やインフラなどの問題解決は、大混乱の中では、到底できるものではなく、行政も混乱の中にあって、事前に締結していた協定による協力体制も遅延し、先の見えない不安感とも戦わねばなりませんでしたが、「やらねば」という思いだけで、多くの支援が集結し、活動が展開していきました。まだまだ寒くて、時折、雪もちらつくこともある厳しい季節でした。
 5月に入って、「動物救護センター」という名に相応しい状態とまではいきませんが、仕事の分担や様々な作業がスムースになってきたでしょうか。 ゴールデンウイークには100名を越えるボランティアが参加してくれましたし、多くのメディアが頻繁に取材に訪れるようにもなり、支援の輪が大きく広がっていくのが実感できました。動物たちは一時預かりが7割、保護動物が3割の割合で、犬、猫、鳥、ウサギ、カメなど日々頭数に変動はありましたが、約120頭前後で推移し、最大のピークは6月25日、143頭に達しました。週末はボランティアの方々に恵まれましたが、ウィークデイはその人数に恵まれぬ日もあり、20人を割ると、仕事は過酷となり、動物たちにも充分な世話が行き届かなくなってしまうこともありました。しかし、暖かな地元の方々の力も借りながら、仮設住宅の完成を待ち、保護動物たちのマッチングと譲渡を進めながら、9月末日をもってその任務を終えることとしました。
 梅雨の季節には、猫の感染症(伝染性鼻気管炎FVR)が蔓延する事態となり、犬たちのストレス性下痢も相まって、動物たちにとっても、治療スタッフにとっても大きな試練でしたが、環境整備、隔離治療で何とか乗り切りました。加えて、咬傷事故の発生数の増加も認められ、咬むような子ではなかった子が、ボランティアの方を咬んでしまったりするケースも散見。ストレスフルな環境下におけるこれも大きな大きな課題です。
 シェルターメディスン(群管理獣医療)という専門的学問が存在します。米国ではすでに確立されているそうですが、日本ではまだ広くは知られざる学問と言えます。動物たちを集団で管理するシェルターワークを理論として学習し、これを管理する獣医師を育成する目的をもつ学問ですが、個体管理と群管理との違いを明確にし、あくまでも群れを優先して考え、過密を避け、ストレスを減らし、動物たちに生きるチャンスを与え、人と動物の絆をサポートする総合医療とも言えます。震災の経験から、今、この学問の実践への取り組みが始まっていますし、更に、ボランティアコーディネーターの育成も同時に始まっています。今回のように、大災害後の長期に亘、急務と改めて感じています。
 
                    宮城県大崎市
                    末永動物病院 院長
                   (社)宮城県獣医師会 理事 副会長

 

Never forget 3.11   (3)

  • 2014/03/13 05:46

 震災後、3月末に予定していたショー延期を相談するために、クラブのメンバー各位に送ったメールと、そこに返信してくださった方々のメールを以下に続けます。
 
 ・・・東北関東大震災
   被害に遭われて亡くなられた方々のご冥福を祈ります・・・・・
 
3月11日金曜日、午後14時46分頃、三陸沖を震源としたマグニチュード9.0という巨大地震が発生。明治以降観測史上かつて無い規模の地震とそれに伴う“津波”。死者の数はおそらく万単位にのぼると予測されています。更に福島原発へも影響は及んで、被爆者の数は増えつつあります。東京電力は地域ごとに送電を止める「計画停電」を実施することを発表。各地域を5グループに分けて毎日3時間づつ行う「輪電停電」は、3月のみならず、4月にまで及ぶことも懸念されます。交通機関への大きな影響もあり、3月のクレドのショーは、或いは見送りということも考慮しなければならないと考えています。詳しい情報は追ってお知らせいたしますので、クレドのWebサイト、ブログなどご注意頂けますようお願いいたします。

                3/15
おはようございます
昨日は西武線の運休で帰宅に4時間かかりました。今日は休みですが、水曜日以降の通勤に頭が痛いです。ディサービスは一人暮らしのお年寄りが多く、休業するわけにはいきません、また主人はハンセンの施設です、生活している療養者を放置するわけにもいかず勤務問題は深刻です。
ガソリンも20リットル制限で長蛇の列、しかもあっという間に売り切れ続出今後の入手がどうなるのか、さっぱりです。
また輪番停電は昨日の東電発表では4月末までとあるので、27日は2週間後ではなく、まだ2週間であると思います。
被災地の状況も好転するどころか、被害が増してる状況で2週間で終息するわけはなく、今後1ヶ月以上非常事態であることから、キャットショーどころではないというのが我が家の見解です。
6月のショーで復興チャリティーを行うのはぜひ、と思います。          H.O

Subject: Re: クレドキャットショー32ndの件

おはようございます。
現在、会社からは自宅待機を申し渡されております。私の居住地区では、午前6時50分から10時前まで初の計画停電が行われました。
停電から復旧してみると・・・
福島原発が更に深刻な状況になっていることに驚きました。政府や東電はもっと正直に現状を発表すべきです。放射物質の拡散具合によっては、通常生活にも影響があるでしょう。これは「中止やむなし」です。
この選択は正しい選択であったと思います。                          I .K

4月のECCに続いて、ショーナンも中止になりましたね
これは賢明な判断だと思います
17日のリジョンのショーの頃も状況があまり好転していない気がします
ガソリンの供給はいつごろ落ち着くのでしょうか?
私は最近通勤難民です、朝は動いてる電車もお昼以降は運休~
夜遅くならないと動かない始末です
職場のディでは利用者を送迎する車のガソリンが確保できなくなる可能性も出て来ました
後4日ぐらいしか、確保できない!!
自宅待機?になるかもです。まあ仕方がないかもですけど・・
被災地の孤立した避難場所でさらに生命の危険にさらされている方を思うと、そちらを優先して~と思います
利用者さんの90歳の方が「被災者と同じよ」、と暖房を付けずに頑張って電気節約だそうです我が家も11日から暖房つけていません、着ぶくれしています(笑
息子は部屋でダウン着て、真っ暗な部屋でPCを見ています(爆笑
さて、被災地の状況はあまり好転していないので、やきもきします。
こちらは原発騒ぎで水の買い占めなどが起こり、浅ましい心が見え隠れして、心が荒みます。
仙台の友人も元気で何とか生活してるようですが未だにガスが通らず、震災からまだ1回もお風呂に入れてないようです。
そんな友人の親友さんの生還の話を聞き、命の線引きってなんだろう?って思います。
その方は石巻の漁港で働いていたのだそうです。
 ...............................................................................
『2時間も雪降る中汚水海水に浸かって一昼夜ずぶ濡れで、しかも避難場所は、冷凍庫だなんてwwwそれにw
足の付かない場所でしがみついていたんじゃなくって足の付かない場所に、両手を広げて沈まないように手を張っていたんだってさ。
水が胸まで下がるんだけど、そこで力を抜いたら次の波で死ぬんだって。
次の波は、鼻まで押し寄せるんだって。
「オリンピックに出れる程だよw  胸の筋肉未だに痛いんだけどwww」
と言うのが、一週間後の彼女の自慢ww
低体温で、気絶もしなかったのが不思議。』

 『水に浸かっている時に、目の前で車がくるくる回りながら流されて行くのを見ながら耐えた』とか・・・。
それでも、風邪も引かずにね、冗談まじりに、話す姿に、人って強いなぁ~~~って。
足が付かない状態で、首まで水に浸かって2時間なのに、恐怖よりも、子供の為に死ぬわけにはいかないって、気力って、すごいなぁ~~って、色々考えさせられたよ^^』

何とか避難した先は停電してたとはいえ、港の冷凍庫で、助かった後にその事が分かったのだそうです。
何人の人が絶えられずに絶命したのでしょうか、そう思うと、ほんと何が運命を分けるのでしょうか。
世界ではあちらこちらで支援が広がっていて、ありがたい事です
特に音楽関係の素早い行動に目が行きます
明日の早朝3時(ドイツでの開催)に開演のベルリンフィルとベルリン・シュターツカペレ、ラトルとバレンボイムの2大指揮者の共演という、通常ではありえない支援コンサート、ネットでも配信するので、1200円のチケットを買えば参加出来ます。収益は全額寄付です。
http://www.digitalconcerthall.com/ja/concert/2896

これに先駆けて、ベルリンフィルからのメッセージも配信されていました。
http://www.youtube.com/watch?v=od49LF_x30w

それ以外ののも外国にいる日本人を中心に支援コンサートが目白押しです。
http://www.facebook.com/japanarts

 ロシアの指揮者、ゲルギエフは大掛かりな支援を計画。
http://ja-opera.seesaa.net/article/192309584.htm

 また、パリを拠点として長期的な支援を目的とする、民間団体が旗揚げされています。
http://japonaide.org/ja/about/

日本語、フランス語、英語で見る事が出来ます。
すでにいくつかのコンサートが終わり、義援金もかなり集まっています。
ぜひ、フランスの方にも宣伝して下さい
インターネットラジオにも多くの情報が来ています
http://blog.ottava.jp/ottava_conbrio/

メキシコの在住の台湾の方の支援は、とても温かいものを感じました。
6月のクレドのショーも何か出来たらと思います。   H.O

       ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
      
     kirdcoon さんの日記から
          2011-03-12 20:00:00 
東北地方太平洋沖地震@三浦半島西の付け根付近。
テーマ:東日本大震災
 
「東北地方太平洋沖地震」で被災された皆様、そのご家族の方々に対しまして、心よりお見舞い申し上げます。
また、この地震で亡くなられた方々の御冥福をお祈り申し上げます。

昨日、14時46分頃に起こった「東北地方太平洋沖地震」。
その時の私は勤務中で、たまたま会社のメール室で片付けをしていました。

ガタガタガタガタ・・・・・。

床は全く揺れずにメール室のドアが軋む音や、メール室の隣に設置されている自販機に、業者さんの定期補充点検があり、ガタガタガタガタという缶やペットボトルを入れる音が響いており、当初は地震だとは全く気が付きませんでした。
そのうちに、一緒にいた他部の方と雑談をしながら「これって地震」と、やっと気が付きましたが、直ぐに収束するであろうと思っていました。
しかし、揺れは大きくなる一方・・・・・。
とりあえず他部の方や自販機業者さん、そして清掃の方達と一緒に同じフロアーにある警備さんが常駐している防災センターへと行きました。
壁につかまらないと立ってはいられない程の揺れ。直ぐにテレビを付け情報収集。
長い長い揺れでした。揺れが収まり、所属部署へと戻りました。
全員がテレビを凝視していました。家族に連絡を取ろうにも携帯はつながらない。
たまたまオットが有休を取っており、自宅にはいるだろうが、猫達がとても心配。
社内にある公衆電話で掛けてみても、家電もはつながらない。。。
試しにメールを入れてみたら、暫く時間をおいてから返信が。
「家の方は大丈夫。でも電気、ガスは止まっている。」というものでした。
人間と猫が無事であれば、取り敢えずは安心。
定時になったので、サッサと退社。
電車は不通だが車通勤なので、渋滞が始まらないうちにと急ぐ。普段なら、急ぐ時には高速を利用するのですが、こちらは通行止め。停電のため信号機が使えず、大きい交差点では警察官が誘導しており、途中までは順調でした。
しかし、鎌倉が近付くにつれ渋滞に。しかも、停電しているらしい。
日が落ちると周囲は真っ暗。車のテールランプが唯一の灯り。北鎌倉辺りでは、お土産を持った観光客と思しき方々を多数見ました。
何も出来なかったけれど、真っ暗な中、心細かったでしょうに。。。
私が中学生の頃、鶴岡八幡宮近くに住んでいた友人から「関東大震災の時には、八幡宮の三の鳥居まで津波が来たんだよー」と聞いていたので、大津波警報にビビリながら無事に鶴岡八幡宮前を通過し、結局、自宅に着いたのは午後21時・・・。
道中、部分的に停電から普及した地区もありましたが、我が家のある地区は真っ暗。
携帯の灯りを頼りに移動。車庫に入って来た車の音に気が付いたオットが、玄関に迎えに出てくれました。
猫達もわらわらとお出迎え。皆、無事で良かった!
ニュース等の情報を見ると、亡くなられた方、また行方不明の方のことを思うと、
自分達のことばかりで安堵することは出来ませんが。まさに「なんでもない日、おめでとう」。普段通りの生活が送れることが、とても有難いことなのだ、と改めて思いました。